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2006年5月25日全文
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2006年5月25日全文
164-参-法務委員会-20号 平成18年05月25日
○千葉景子君 今日は、四名の参考人の皆さん、ありがとうございます。大変貴重な
お話を伺うことができまして、私たちも是非皆さんの御意見、これからの審議に生か
してまいりたいというふうに思っております。
今、お話を伺いながら私はこう思いました。谷川委員の御発言からも、そして今日
の御参考人の皆さんの御意見から考えても、やっぱり私たちが将来理想とするのは、
やっぱり代用監獄というものをなくして本来の勾留のあるべき姿をきちっと確立をす
ると、これがやっぱり、ほぼここの委員会でも、それから参考人の皆さんでも共通な
認識ではないんだろうか。ただ、そこに至るまでにいろいろと知恵を絞らなきゃいけ
ない。あるいは、どうやって具体化していくかということが、それぞれ違いはあろう
とも、やっぱり大きく見れば共通の認識があるのではないかと、こんな気がいたしま
す。
そういう意味では、まずは政治の場がその方向性を、政治はやっぱり理想を語らな
ければいけません。そういう意味では、まず将来へ向かっての理想をきちっと政治が
指し示す、そしてそれを前提にしながら具体的な、行政的な、あるいは立法的な、あ
るいは財政的な様々な措置を一歩一歩前進をさせていく、こういうことが必要なので
はないかなということを、今やり取りをお聞きしながら感じたところでもございます。
そんな認識を持たせていただきながらそれぞれ御質問をさせていただきたいというふ
うに思っております。
まず、後藤参考人、よろしくお願いいたします。
先ほどのお話、学者の立場での反省の気持ちも込められてお話がございました。私
も実は思うのですが、まずあるべき立法の姿とすれば、逮捕留置といいましょうか、
被逮捕、逮捕というのはどういう性格のものか、それに継続して、今度は勾留という
のは一体どういう性格のものか、そういうところをまずきちっと位置付けた上で、そ
れに即した処遇の仕方あるいは施設のつくり方という順番なんではないかな、本来の
立法のあるべきやり方はですね。
ところが、どうも今回は、まず施設の方の問題が先にあって、そこにどう何か当て
はめていくかと。どうも何かそんな、逆転をしているような、そんな気がいたします。
その辺について後藤参考人はどのようにお考えになられますでしょうか。学者の立場
からも、先ほどちょっと何か反省というかそういうお話もございましたので、どうい
うお考え方をお持ちか、ちょっと聞かせていただきたいというふうに思っております。
そういう中で、今御指摘がありましたように、留置施設といいますか、警察として
大規模な独立した留置場を持つようになってきたと。この辺りも非常に、何というん
でしょうね、逮捕あるいは勾留、こういうものの性格をあいまいにし、そして施設の
性格をあいまいにしているのではないかというふうに思うんですけれども、その辺、
少し整理して分かりやすくお話しいただけると大変有り難いと思います。
○参考人(後藤昭君) 確かに、今回中心の問題は未決拘禁でございます。したがっ
て、刑事訴訟法がいわゆる捜査や裁判の過程での拘禁というものをどのような目的で
どのように定め、どのように位置付けているのかということが議論の出発点になるべ
きだと思います。それに合わせて、じゃ、その具体的な執行はどうあるべきかという
ことが議論されるべきであって、確かに、施設をつくる法律という発想から出発する
というのは、それは出発点が違っているだろうと考えます。
そのような観点からしますと、逮捕も勾留も裁判のために、主として逃亡を防いで
被告人たるべき者の出頭を確保する、それから証拠の隠滅を防ぐという目的のために
されているものであります。これは刑事訴訟法が定める要件を見ればそれが読み取る
ことができます。そのうちで、逮捕というのは、これは言わば一方的な捜査官側の証
拠だけに基づいて裁判官が令状を出すものでありますから、その意味で根拠はやや不
確かなものであることは、これは避けられません。つまり、被疑者の言い分を全く聞
かないでやるわけですから。ですから、それはなるべく速やかに勾留という本格的な
裁判による身体拘束に移行すべきであるというのが刑事訴訟法の立場であると考えま
す。
したがって、逮捕も勾留も、その実体的な要件としましては、罪を犯したと疑うに
足りる相当な理由があればよいわけですから、別に、逮捕してから取調べをして自白
を積み増しして勾留請求しなければいけないということは全く本来は予定されていな
いわけでございます。
だからこそ、逮捕してすぐに勾留に移行するまでは警察署に置いておいてもよいと
いうのが従来の考え方であって、それは別に留置施設に入れるということじゃなくて、
警察の一室が留置場と呼ばれているというだけのことだったと思うんですね。それは、
引致した場所の一室としているだけだったと思うんです。
でも、勾留になると、それは刑事施設に入れるんだと、それは本格的な期間の長い
拘禁なので、それについてきちんと対処しなきゃいけないということで施設がきちん
と設けられるという構造になっていたと思うんですが、それが今回の法案では、逮捕
した者を留置施設に入れるんだというふうに位置付けられてしまうために、逮捕がそ
ういう、あくまで仮の拘束であったと、すぐに勾留に移行すべきものであるという性
格が非常に弱くなってしまうんではないかと。
しかも、警察という、都道府県警察という組織が留置施設という施設を持つべきで
あるというふうに位置付けるということは、やっぱり警察が拘禁を担当するという、
少なくとも本来刑事訴訟法が予定していなかった姿を言わば立法が定めるということ
で、それは実質的な刑事訴訟法改正という意味を持っていると思うんですけど、その
施設に関する法律によって訴訟法を改正するというやり方は適切ではないと私は考え
ております。
○千葉景子君 ありがとうございます。
次に、中間参考人にお尋ねさせていただきます。
大変これまでの御経験を踏まえてお話しをいただきました。大変そういう意味での
説得力がおありだというふうに思います。
その中で、私は、今回、死刑確定者についての規定も設けられました。先ほどお話
ありましたように、やっぱり死刑確定者が人間らしく生活ができる、大変そこが大事
だというお話は、私は本当にそのとおりだというふうに思います。
それと併せて、確かにできるだけ、心情の安定といいましょうかね、が必要だとい
うことで、ただ、これは内心の問題でもあり、なかなか外からこうせいああせいとい
う問題でもないだろうというふうに思いますものですから、余り死刑確定者について、
その心情の安定ということが何か処遇の非常に厳格な要件になるというのには、私は
若干危惧を感じたりするわけです。
特に、その心情の安定のために、この間、外部との交通が抑制されたりしてきた経
過もあるように思われますので、その辺考えたときに、できるだけやっぱり外部との
交通を十分に取っていく、人間らしく最後まで生活できるということ、大事だという
ふうに思いますけれども、その辺りについてもう一言ちょうだいできればと思います。
○参考人(中間敬夫君) 死刑確定者の心情安定につきましては、もう先ほども申し
上げましたとおり、非常に神経を使うところでございます。
例えば、先ほども申し上げましたが、外部の友人が面会に来まして、そして非常に
お互いに心を通じ合って、もうお互いに入籍して結婚しようかというところまで行っ
た男女が現実にありました。ところが、ある時点に至りまして、その外部から面会に
来ていた女性の方が、まあ心変わりをしたのか、あるいは余りのしつこさに辟易して、
ちょっと間が遠くなるような、そんなような面会の動きなんかがございました。だん
だんに面会に来る期間が間遠くなる。それから、手紙も、もう前は毎日来ていたのが、
だんだん一週間に一回になり、二週間に一回になりということになったときに、もう
それこそ狂わんばかりに中の死刑確定者が心情が極めて不安定になって、これはもう
下手をすると自殺を企図するんではないかというようなところまで落ち込んでしまっ
たり、半狂乱になったりというような事態になったケースがございます。
そうなると、我々刑務官としましては、死刑確定者に自殺されるわけにはまいりま
せんので、それこそ対面戒護でもって、職員をそこへ立てて、それを見ながら、ある
いは時には話し掛けたりしながらその心の安定を図る。そして、何とかそれ以上の半
狂乱状態にならないようにしなきゃならないということで、大変に苦労をしたケース
がございます。
今現在、全国で八十数名、九十名ぐらいいるそうですけれども、その中では、過去
そういうことがありましたのを今も、あるいは現実に抱えておるのかもしれません。
先生方が午後視察に赴かれる東京拘置所に、実際に死刑確定者が何十名かいるわけ
ですけれども、多分、その死刑確定者のいる廊下は多分案内しないんではないかと思
いますけれども、外部の方がもう廊下を通るだけで、これはあした何かあるんじゃな
いかといって、もうそれだけで大変な不安定な状態になるのが死刑確定者の心理状態
ですので、そういう外部からの面会者、手紙のやり取りだけでも乱れるし、またふだ
ん通らない、つまり刑務官とそれから中で収容者の世話をする受刑者の足音以外の音
が聞こえただけで、もう非常に落ち込んでみたり乱れたり、心配をしたり憶測をして
みたりというような心理状態になりますので、やはりその辺は午後行かれても十分に
御理解をいただきたいというふうに思います。
そこで、今回、この心情安定に資するならということで、一体どこまで面会をさせ
るのか、あるいは手紙のやり取りをさせるのかということになりますけれども、従来、
いわゆる矯正局長通達によりまして、その心情の安定を目標にしてというようなこと
で通達が出ておりましたけれども、それをむしろ制限的に従来取って運用してきたこ
とは事実でございます。
今回、この法律案にこうやってはっきりと書かれますと、やはり極力それをプラス
面に取って、そして心情安定に資するように解釈あるいは運用をやっていかなきゃな
らぬだろうなというふうに思います。相手の選び方、あるいは面会に来られるならば
きちんと、何といいましょうかね、外部の方に我々が、刑務官がどうこうということ
は行き過ぎたことではございますけれども、やはりその辺の御配慮も得られるような
方を選んでその運用をやっていかざるを得ないんではないかというふうに考えるとこ
ろでございます。
以上です。
○千葉景子君 ありがとうございます。
時間がほとんどありませんが、小池参考人に一点お伺いいたします。
先ほどいろいろ日弁連としてのお考え、よく分かりました。今度、可視化にかかわっ
て検察で一部試験的に録音、録画をやると。ただ、検察官の選択によって行うという
ようなことのようでございます。これから裁判員制度も行われると。そういう中で、
それから、その取調べの任意性などを担保するという意味で、可視化について、特に
この試験的なやり方も含めて御意見を伺いたいと思います。
○参考人(小池振一郎君) 最高検の方で一部可視化に踏み切ったということについ
ては一歩前進だというふうに評価しております。
ようやく日弁連も、可視化、可視化、何とか実現しようと。韓国でもう可視化は実
現しておりますし、欧米諸国でも実現しているんですね。日本も今かなり後れている
わけで、やはりどうしてもこれがないと裁判員制度はうまくいきませんよということ
で要求しましたのが、ようやく一歩実現することになったという点では評価しており
ますが。
都合のいいところだけ可視化して、都合の悪いところを可視化しないということで
は、これはいいとこ取りということになりますので、これは本来の趣旨には反すると
いいますか、不十分であると言わざるを得ません。可視化する以上は、取調べの最初
から最後まですべてを可視化するということが、ビデオ録画するとかということは必
要でありますし、一番重要な取調べの多い警察段階でやはり可視化をすべきであると
いうふうに考えております。
○千葉景子君 ありがとうございました。
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