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日本共産党の吉岡です。
最初に、この戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案を提案された提案者の皆さんと今日こういう審議ができるように御努力いただいた方々にお礼と敬意を表したいと思います。
私は最初に杉浦副大臣に対して質問をさせていただきます。
杉浦大臣は、今、村山談話を引用しながら、日本は一時国策を誤ったという御発言がありましたが、私は、戦後も例えば戦後処理問題で政府が取った態度というのはやはり国策を誤ってきた、その結果が、今、日本はあの戦争の反省もしない国だと、こういう批判を国際的に受けている理由ではないかと思います。
私は、若干自分の体験も含めて、政府が取ってきた態度について質問したいと思うんですが、ちょうど十年前の一九九二年、いわゆる慰安婦問題が日本で大きな問題になったその時期、ある東南アジアの若い女性記者がやってきてインタビュー受けたことをいつも思い出します。その若い女性のインタビューはこういうことを私に鋭く迫ってきました。戦後半世紀近くなって初めて従軍慰安婦問題が日本では問題になった、日本の戦後というのは一体何だったのかと、こういう質問でありました。
それから十年たって、今なおこの慰安婦問題は解決せず、日本に対する国際的な批判のトーンは上がるばかりです。この問題の解決は、私は、今提案されている、立法府として努力しようとしている立法解決しかないという結論に到達しておりますけれども、行政府としても一体この問題の解決のためにどういう努力を行っていくかということがお伺いしたい点であります。
行政府がこれまで取ってきた態度というのは、私が知る限りは、初期には、長い間政府は無関係ということでした。私は、一九九〇年の六月一日の内閣委員会で、当時問題になっていた朝鮮人強制連行の名簿の提出を韓国政府から求められていた、それに関連して質問する中で、求められた名簿だけでなく、日本が行ってきたいわゆる慰安婦の問題、また関東大震災の虐殺を始め日本が行った一連の誤りについて、相手から言われるまでもなく、日本の側から自主的に調査し、謝罪もするべきではないかと、こういうことを質問いたしました。
そのときに、私は、元閣僚であった荒舩清十郎氏が、日韓交渉の最中、日韓条約が成立直前の時期に、朝鮮の慰安婦が十四万二千人死んでいる、日本の軍人が殺してしまったのだと、こういう講演を行っていることも紹介して政府に答弁を求めました。当時の政府の答弁は、言われたことをやるだけだ、名簿だけしか求められていない、そういうことでした。私は、相手から言われなくても、日本が行った過去の誤りをきちっと清算していく態度を当時から取っておれば、今日の事態はもっと違ったものになっただろうと思います。
しかし、その後、この問題は日本政府自身も日本軍の関与を認めざるを得なくなりました。そして、先ほど来紹介される談話、官房長官談話が発表されて、日本の一定の謝罪も表明するに至りました。私は、正直なところを言って、これで解決の道が開けるんじゃないかと期待しましたけれども、それは非常に甘い期待でした。
私は、当時、政府の関係者から政府部内で三つの方策が今検討されているということを聞きました。それは、一つは行政府の責任で解決する方法、二つ目は内閣提出の法案、いわゆる閣法によって立法解決する方法、第三には議員立法による解決の方法、この三つが検討されたということを聞きました。これは、やはり解決済みでは済まないことを日本政府自身が認めざるを得なくなって検討をしたことだと思います。
そして、結論付けられたのがアジア女性基金だったということだと私は思います。しかし、それでは、これまで明らかにされてきたように、解決しないで今日に至りました。解決しないだけか、個人への償いは打ち切られる、そういう事態になった。
この時点で、私は、立法府は今こういう議員提案を行って立法府の意思によってこれを解決しようとしていますけれども、行政府としても改めてどうしたらこの問題が解決できるかということを真剣に考えていただくべきときではないかと思います。かつて三つの方策を検討したそのときの検討に次ぐ根本的、抜本的な検討をしていただきたいと思います。
大臣、そういう検討は少なくともやっていただけるかどうか、答弁をお願いします。
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