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旧植民地出身の軍人軍属法案への参考人質疑 1/2
千葉景子君  本日は、与党の発議者の皆様も、そして民主党提案者の竹村先生も、そして金弁護士も、本当にありがとうございます。このような審議がこの場で行われますことに、私も改めて心から皆さんにも敬意を表させていただきたいというふうに思っております。

 本来であれば、どういう問題が今問われているのかということを、当事者の皆さんに来ていただいてその生の声をお聞かせいただくことが私は本当はよかったのではないかというふうには考えております。残念ながらそういうことができませんので、若干私の方から、一体今どういう問題があるのだということを、昨年の十一月二十日に在日の姜富中さんが小渕前総理に出された文書、そしてきょう金先生の参考人の資料としてお出しいただいておりますやはり姜富中さんの思い、私の方で若干、せっかくの機会でございますので引用させていただきたいというふうに思っております。姜富中さん。

  私は韓国農家の次男として生まれ、十四歳の頃一人で日本に渡り、一九四二年、「呉海軍」に徴用工として連行されました。数日後、総員集会があり、上官は「諸君たちは只今から大日本帝国の皇国臣民である。立派な呉海軍軍属である。二年間働いてくれ。給料は各自の家へ送金する。また生命保険も掛けてあるから安心してくれ」と言われ、第十九設営隊に配属されました。同年十二月、皇軍兵士としてソロモン群島、ラバウル、ムンダ、コロンバンガラ島、ブイン、ブカ、ポニスの各地に連行され、知らぬうちに海岸警備隊員にされ、敵の昼夜を問わない空爆、艦砲射撃を受ける最前線で、恩賜の煙草三本を貰い、皇国臣民として天皇のため、一億国民のため立派に任務を遂行せよとの命令を受け、伝馬船で爆弾を輸送中に敵の戦闘機の機銃掃射を受け「右手」「右目」を失ったのです。

「私は日本人と同等の補償と、謝罪を求めています。このことなくしては、私の戦争は終わりません。」「国会議員の皆さん、日本が民主主義の国として、差別をなくし、欧米諸国のようにきちんとした戦争責任を果たすよう、強く要望します。私は補償だけを、目的にしておりません。日本政府の戦争責任が正しく実現されることが、これからの世代の人たちに国境を超えた真の信頼と友好を、生み出してくれると信じております。」。

 大変私も、心を本当に動かされる言葉でもございます。こういう皆さんの問題が今この場で審議をされるということでございますが、金先生にきょうはわざわざお越しをいただきました。この間、裁判などにも携われ、一体今、日本の国会は裁判所からどんなことを求められているんだろうか。それから、この参考資料にもございますように、韓国の側でもやはり憲法裁判所の判断が出て、韓国としてのある意味では考え方も示されているのではないかというふうに思います。

 そんな点を先生の方から、大変短い時間で恐縮とは存じますけれども、お話しいただければ大変ありがたく思います。


参考人
(金敬得君)
 当事者にかわりまして若干の意見を述べさせていただきます。きょうはお招きいただきましてありがとうございました。

 私は約十年ぐらい前に、今、横浜の病院におられます石成基さん、きょう皆様に資料をお渡ししておりますが、という方に初めて出会いました。マーシャル群島で爆撃を受けて右腕を切断した方でございます。今、第三項症ということでございまして、もしこの方が日本国籍を有しておるならば現在まで受領できた年金額は八千万円に達する人でございます。しかし、韓国人であるがゆえに全く補償を受けられずに現在まで至っておる人でございます。

 この方が、今病院に伏せっておりますが、よく言われる言葉の中に、私どもはぬれぞうきんだと。戦前は天皇の赤子だということでおだてられて、戦争が終わればぽいと捨てられたと、よくこういう言葉を口に出します。五二年に援護法ができまして国籍条項が設けられるわけですが、同じ日本帝国臣民として戦争に従事しながら、戦争が終わったら国籍がないという形で切り捨てられるということは納得できないということで、政府、各官庁に何度も請願に足を運んでおります。しかし、そのときの言葉は、日韓請求権協定ができればこれはあなた方の問題も解決されるから、それまで待てというのが一つの回答でございました、日本政府の。

 しかし、一九六五年の、先ほどのアジア局長の答弁にもありましたが、六五年に日韓請求権協定が成立するのでございますが、この日韓請求権協定に関しましては、日本側政府の考えは先ほどアジア局長が答えたとおりでございますが、韓国側はこれとは全く逆の立場をとっております。韓国在住の韓国人に対しては日本政府の解釈と一致しておりますが、在日韓国人の財産、権利、利益に関しては、これは日韓請求権協定第二条において協定の対象外となっておるということで、したがって韓国が国内法でつくられた法律の中からも協定の対象外である在日韓国人は除外されたわけでございます。

 言ってみれば、韓国政府に対して要求すればそれは日本政府が責任を負うべきである、また日本政府に対して要求をすればそれは韓国政府が責任を負うべきであると、こういう状況で、言ってみればキャッチボールのような形で実は現在まで至ったということでございます。

 韓国政府の答弁は一貫しております。これは皆様のお手元の資料に、ことしの三月三十日の憲法裁判所、石成基さん等日本で訴訟を提起しております方々が、九八年に韓国の憲法裁判所に、日本の政府に対して韓国政府の側から仲裁委員会の開催要請をしてほしいと、これは日韓請求権協定の第三条で定められた条約上の権利でございますので、それを何とか行使してもらえないかということを憲法裁判所に訴え出たものでございます。

 しかし、これは、そういう高度の政治問題は政府の裁量であるので、中身としては、韓国政府は日韓請求権協定で解決しておらないというふうな解釈をとっておるけれども、それを仲裁という申し入れをするところまでは日韓の外交上のさまざまな問題を考慮してするところではないと、現状では、そういう答弁になっておりますが、しかしその中身については終始一貫したものがあるわけでございます。

 もう一人、東京高裁の判決の原告であります陳石一さん、九四年に亡くなりましたが、この方はボルネオ沖で爆撃を受けまして左足を切断した方でございます。この方と私はお会いして、よく言った言葉が、切断されてなくなった左足の足の裏がかゆくて仕方がないと。神経があるわけですね、その足をかきたいんだけれどもかけない。これは、彼が日韓の間に、石成基さんと同じように日韓両政府に何度も何度も訴えるわけですが、隔靴掻痒の感があって、何度もどちらに言っても答えが出ないという、彼のこの間の苦しみをそういう自分の足のかゆみに比喩して言った言葉だと思います。

 とにもかくにも、非常に議員の方々の御苦労、そういう日韓の間で非常に意見の一致がないままに今回法案が提出されておる御苦労はわかるわけでございますが、東京高等裁判所の九八年の判決は、これは日本の司法消極主義といいますか、高度の政治問題であるので日韓の請求権協定の解釈自体は回避いたしました、日本の東京高等裁判所は。しかし、日本に住んでいる在日韓国人は日本国民に準じて処理するのが事案にふさわしいという付言を出しております。今回提出されたその法案が、果たしてこの付言に十分こたえ得るものになっておるのかどうなのかということをよく御審議いただきたいと思います。

 それから、先ほど帰化をした方も今回この中に含まれておるという河合議員のお答えがございましたが、実は日本の援護行政は、日韓請求権協定までに帰化をすれば在日韓国人、台湾人、朝鮮人は援護法の適用を受けられるという措置を長らくとってきていました。

 私が存じております、これは訴訟はしておりませんが、大阪に在住しておりますある在日韓国人の婦人は、夫がフィリピン戦線で戦死した方でございます。この方は実は帰化をしたのでございます。帰化をしたんですが、帰化の許可が一九六六年、日韓請求権協定の一年後でございました。帰化をすれば年金がもらえると思って帰化をするんですが、帰化をした時期が日韓請求権協定後であったがゆえに何らの補償を受けられずにいる。  こういう方々に対しては、日本の遺族会の方が寄附をもらいに来るらしいです。あるいは近所の人々が、戦死した人の遺族だという話を聞いて、いいね、年金たくさんもらえてと言うらしいのです。しかし、彼女は日本の戦後社会の中で帰化をしたということを伏せて、そういう声も出せずに、一体自分の夫の戦死は何であったんだろうか、日本における戦後というのは何であったんだろうかと、いつも私どもとお会いしたらそういう発言をいたします。

 そういう在日韓国人の心情からいきますと、今回出ております与党案と野党案、何とか一本にして合体して法案がつくれないものだろうかというのは希望でございますが、先ほど千葉景子議員の御発言がありました姜富中さんは、こういうことも言っております。なぜ私どもがこういう補償を求めるか、これは補償だけを目的としているのではありません。「日本政府の戦争責任が正しく実現されることが、これからの世代の人たちに国境を超えた真の信頼と友好を、生み出してくれると信じております。」と言っております。

 陳石一さん、きょうはその御子息の方が傍聴に見えておりますけれども、陳石一さんはいつもこういうことを言っておりました。「私にとって日本という国は何だったのか、また、日本にとって私は何だったのか」と。実は、この陳石一さんの疑問は、日本で生まれ育った私どもは二世になりますが、在日韓国人、一世も含めて、いつもそれを考えながら戦後生きてきた人間でございます。大日本帝国憲法下、日本帝国臣民として日本に来た人々でございます。

 しかし、戦後、日本国憲法のもとで、日本国憲法は主権在民、基本的人権の尊重、恒久平和主義が三権確立されておりますが、我々在日韓国人は、主権在民の民と日本の社会でいつそういう認識を日本の社会に持ってもらえて、それから基本的人権の主体となり得るか。

 なぜそれを求めるかといいますと、まさに我々こそ植民地支配あるいはそういう侵略主義の犠牲であって日本に住むことになった、国籍と居住は分かれておりますが。いかなる人間も民族や国籍を選んでこの地に生まれることができません。しかし、この二十一世紀を目前にするこの現状にありまして、在日韓国人はそういう侵略主義、植民地主義の犠牲であるけれども、何とか日韓の溝、間隙を埋めることによって、それはみずからの日本における人権を確立することによって、本当の日本の平和の使者として、アジアにおける平和の使者として日韓のかけ橋の役割をしていきたい、そういう願いがあるから実はこういう運動をしておるわけでございます。

 今回の法案が提出された御苦労は非常に理解いたしますが、しかし日本と韓国の日韓請求権協定に関する見解の不一致がこのような状態のままでこのような法案がつくられざるを得ないということに対して、やはり若干の在日韓国人としての懸念といいますか、今後ますます日韓の見解が縮まるような御努力もしていただくということをお願いして、簡単でございますが、終わらせていただきます。

 どうもありがとうございました。

旧植民地出身の軍人軍属法案への参考人質疑 2/2
千葉景子君  ありがとうございました。

 今、金参考人からのお話がございましたが、与党の提案者の皆さんにも本当に御苦労をいただいたことに私も敬意を表させていただく次第でございます。ただ、裁判などでも憲法十四条あるいは自由権規約二十六条に違反をしているのではないかという付言があるなど、与党の皆さんの案で本当に十分だろうかという若干そういう気がいたします。

 いかがでしょうか。多分この案をまとめられたきっかけというのは、いろいろな関連の訴訟の判決というのも一つの大きなきっかけではなかったかと思うんですけれども、この判決をどう受けとめられ、そしてこの立法がそれに即したものかどうか、どういう御見解、御認識をお持ちなのか、お聞かせいただければと思います。


衆議院議員
(加藤六月君)
 冒頭、ただいま参考人の金敬得さんのお話、皆さん方と同じように熱い思いをしながら承りました。

 ただいま千葉委員の御質問でございますが、援護法や恩給法に国籍要件が設けられているのは、朝鮮半島などの分離独立地域に属する人々の補償、すなわち財産請求権等でありますが、の問題は、昭和二十七年のサンフランシスコ平和条約において、それぞれの二国間の外交交渉により解決することと、こうされていることが一番大きな問題でございます。それからその次は、先ほど来もう既に外務省からも答弁がありましたが、その中で韓国との関係につきましては、昭和四十年の日韓請求権・経済協力協定によって在日韓国人の問題を含めて法的には完全かつ最終的に解決済みとなっておるわけでございます。

 したがいまして、国籍要件は憲法や国際人権規約に違反するものでないと考えております。御指摘の東京高裁、大阪高裁の判決でも、判決そのものは以上申し上げましたような国側のこれまでの主張が基本的に認められて国勝訴となっておると考えておるところでございます。

 しかしながら、韓国政府が昭和四十九年に講じた措置においても在日韓国人の方々は対象外とされ、結果的にこれらの方々に対しては日韓いずれの国からも措置が講じられていない現状にあることは裁判所の指摘を待つまでもないことでございます。このことが私たちが人道的精神に基づいて所要の措置を講じようとする本法律案を提案した趣旨でございますので、よろしく御理解のほど、お願い申し上げる次第でございます。

千葉景子君  実は、戦後のさまざまな課題というのは政府で積極的に本来もっと取り組むべきものではなかったかというふうに思っています。まだまだ戦後処理問題としても、慰安婦問題あるいは軍票問題、強制連行問題あるいは捕虜の問題、BC級戦犯の問題等々、裁判になったりしている問題が本当に数多くございます。

 野中前官房長官は、今世紀中の問題は今世紀中に解決をして次世紀には持ち込さない、こういう決意も示されました。また、サミットの構成国、もうじき開催をされますけれども、戦後処理というのが適切に行われて、我が国が一番おくれているという指摘もございます。ドイツでは百億マルクの基金を設けて戦後処理をきちっとしようという動きが出ております

。  こういうことを考えますと、この戦後補償問題について、政府として本当にもうあと残された期間もわずかです。きょうお話がございましたように、当事者に当たる皆さんも本当に高齢になっている。こういうことも含めまして積極的な取り組みが求められているのではないかと思いますが、官房長官にその決意をお尋ねして、私の部分は終わらせていただきたいと思います。


国務大臣
(青木幹雄君)
 ただいま加藤議員の方から、法的な問題については今までこういう経過を経てきっちり処理はされておりますというお話がございました。また、裁判においてもそういう処理がなされております。

 しかしながら、私どもは、今おっしゃいましたような、二十世紀、ことしで終わりでございます。二十一世紀にかけて、やはり二十世紀に起きたいろいろな不幸なことは法的な問題を離れて人道的な立場でできる限りのことはしなければいけないということで、努力を今後とも続けていく覚悟でございます。

 そういう観点に立って恐らく議員立法として今回の法案が提出されたものと私は理解をいたしておりまして、今後とも人道的な立場に立って、政府としても、法の問題だけじゃなくてそれを離れた時点でもできる限りの努力は今後とも一生懸命続けていく覚悟でございます。


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