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お答えします。
まず最初に、フランスでのパリテ条項ということなんですけれども、これはフランスの現行憲法であります一九五八年憲法の三条というところが主権行使と選挙という部分になっておりますけれども、そこのところに次のような文言が加わりました。
法律は、選挙によって選出される議員職及び選挙によって選ばれる役職への女性と男性の平等なアクセスを促すという言葉が入っております。そして、四条が政党及び政治団体についての規定なんですけれども、これにも付加がされまして、政党及び政治団体は、法律により決定された条件の中で三条の最後の項に宣言された原則の実施に貢献するという形です。ですから、パリテという言葉は入っておりませんけれども、女性と男性の平等なアクセスを促すという形で憲法改正が入りまして、これによってジョスパン首相が公約として掲げたことが成立した。そして、提案理由ではパリテという言葉を用いておりまして、公的生活への女性の進出が不十分であるので男女間のパリテを推進することが必要であるという提案理由からこうした憲法改正に至ったということになります。
アファーマティブアクションがとれるかどうかという問題なんですが、先ほども申しましたように、アファーマティブアクションというのは、これは国連での考え方でありますけれども、実は非常に広い範囲の概念なんです。その一つにいわゆるクオータ制というものがありますが、優先処遇ということでありますので、何もアファーマティブアクションに限られるわけではないわけですから、実はこのパリテというのもアファーマティブアクションのもちろん一つというふうに見るかどうか、これは同数という形をそういうふうに見るかどうかはまた別ですけれども、そういうものとしても見られるという論調もあったわけです。
このクオータ制のような考え方というのは、実はフランスで既に先ほど申しました一九八二年の違憲判決がありますが、そのときの法律の内容というのは、市町村会議員選挙について、人口が三千五百人を超える選挙において候補者名簿は同一の性に属する候補者によって七五%を超えることはできないという条件を付した。それが違憲というふうになったわけです。そこで、選挙制度にクオータ制を取り入れるということはできないということが始まって、それから、じゃクオータ制以外の考え方としては何なのかということで同数という考え方が広まっていったわけです。
他方、選挙にかかわる問題についてはこういうふうに違憲判決は出ておりますけれども、それ以外の問題ではいわゆる優先処遇というのは認められております。例えば、地域的に格差があるところに何らかの形で優先処遇をするようなそういう政策とか、あるいは教育問題において非常に、郊外問題というのはフランスもありますから、郊外での教育のおくれ、そういうようなものを取り戻すためにはどうしたらいいかというようなことで援助金を出すとかあるいは教師を余分につけるとか、そういうような形のいわゆる優先処遇というのは認められて、しかしながら選挙というようなものはだめだと。
実は、一九八二年の違憲判決に関しても男女平等という議論で違憲判決を出しているんじゃないんです。主権という概念からするとどうなのかということです。結局、選挙のような場合にこういうことがとり得るのかという議論を引き起こしたというような形になっているわけです。できたばかりの憲法改正でありますから、これからこの解釈とかこれに伴ってもっと充実させるためにはどうしたらいいかというようなことが出てくるような状況だということです。
しかしながら、このパリテ条項が入った陰には、フランスの場合には女性差別撤廃条約よりもヨーロッパ連合での動きが非常に大きくて、ヨーロッパでの女性サミット、政治サミットというのがあるんですが、これが九二年ですか、パリテということを推進していこうというような決定をしているわけです。こういうものはもちろんバックにあって、それからもちろんそれを支える女性の運動というのが非常にあってこういう現実的な問題になった。
他方では、すそ野としては非常に女性が、例えば政策決定機関などでは、議会以外では日本と比べますとかなりおりますし、例えば岩本参考人の話から出てきたような国家公務員の女性の進出などというのも八〇年代にもう既に全体では五〇%を超して、そして今や三〇%近くのいわゆる管理職と言われるような女性たちが活躍をしているという、やはりすそ野が大きかったということも関係しているというふうに思われます。
それから、司法の場での問題ということなんですけれども、これは非常に大きな問題があるかというふうに思います。
やはりフランスでも憲法研究者はいわゆるアファーマティブアクションの中でもクオータ制を選挙の中に取り入れるということについては悲観的という見解が多いわけですけれども、もちろんこれは日本でも同様のことになります。しかし、日本では実際上例えば労働の現場であるとか、これは障害者雇用などでもいわゆるアファーマティブアクションをやっているわけです。設定数値を決めて障害者雇用を推進しているというようなことをするわけであって、したがって選挙の場において、あるいは政治的な場所において使えるかどうかというような問題であるということになるわけです。
それから、司法の場所においては、経済的な問題にかかわるようなこと、あるいは社会権というような問題にかかわることについては、どちらかといいますと立法裁量というようなことを重要視する傾向にありますからこちらの方は問題がない。しかし、こうしたような選挙権にかかわる問題であるとかあるいは精神的な自由にかかわるような問題ということに関しては、実は平等原則について今日まで確立した一定程度の考え方というのがあるわけです。
それはどういうようなものであるかということは、まず一つは平等原則に関して審査をするときに、十四条に掲げられている項目、例示されている項目、もちろん女性の問題もそうですけれども、こういうものに関しては厳格な審査が必要である、こういうものに対してあいまいな形で規制をするというようなことは許されない、そういうことが確認されてきているわけです。それから、精神的な自由に関するもの、政治的な権利や民主主義というものを支えるようなものについても同様に厳格審査が必要であるというふうに言われているわけです。そうなりますと、これは双方の面からすると男女平等にかかわる政治的な権利についてのアファーマティブアクション、とりわけクオータ制のようなものを法律の中で法的に適用するということはやはり難しいということになると思うんです。
そういう意味では、フランスでもいろいろ議論はされましたけれども、なぜパリテというのが憲法改正の中で入ったのかというと、やっぱり憲法改正をしないと根拠としてはないだろうということになるわけです。根拠としては弱い。だから、まず憲法改正をしてという形で入っていったわけですけれども、日本の場合は、この十四条というものがあります関係上、そういうところからして解釈をするということからしますと、選挙のような場所においてアファーマティブアクション、クオータ制をとるというようなことは難しいということが言えると思うんです。
ただし、じゃ選挙の場所で厳格審査を実際に最高裁がやっているのかというと、実はそうではないんです。ここがまた重要な点なんですけれども、実は、現在では選挙における平等というのは一人一票という問題ではないんだ、投票価値の平等も重要なんだという話があるわけです。投票価値が一対一でなければいけないということです。しかし、厳密には一対一というのはできない。地域によって人口の流動があるから、差が出るのは当たり前だと。じゃ、どの程度までをいいとするかというようなことに関して、これが問題になったときに最高裁では違憲判決を数件出しておりますけれども、その中では厳密審査をしているというふうには言えないわけです。
つまり、厳密審査をするのだったら一対一ということになるわけですけれども、しかし現実的には一対一はできないから、一対三程度というのが最高裁あたりの判断ではないか、これは衆議院についてですけれども、そういうふうに見れると。そうなると、厳密に審査しているというふうには言えないんじゃないかというような反論も出てくるということなんです。
それからもう一つ問題になるのは、フランスでは違憲判決が出るというのは、これは抽象審査が行われるんです。抽象審査というのは、具体的な事件が起きなくても、国会内における両院を通過した法律案が、両院で採択された後にいざ公布というその寸前のときに、違憲ではないかという形で憲法裁判所に訴え出るというような形での抽象審査なんです。したがって、法文だけを審査しているわけです。
ところが、日本の場合はこういうような法文審査はやってはおりません。したがって、現実にはどういう形になるかというと、法律が何らかの形でクオータ制をとった、それが問題になったときに裁判所に出ていって審査をするということになるんですが、現実的に例えば、男女共同参画社会基本法の中の二十二条の二というのはクオータ制をとっていますよね、審査員についての十分の四という。これは十分の四がいいかどうかというのはまた問題になるかというふうに思いますけれども、この問題を取り上げたときに、じゃこれが実際司法審査に上ってくるかというと、司法審査というのは実際に利害関係のある人間でないと裁判所に訴えるということはできませんよね。そうしますと、抽象的にこの条文はおかしいんじゃないかというわけでは司法審査には訴え出られない。
そうすると、何らかの形でだれが利害関係を受けるのかなと。当然選ばれるはずだというふうに思っていた男性が選ばれなかったから、この条文があったために選ばれなかった、おかしいという、そういうのでは利害関係というのは非常に希薄になる、原告適格がないと、そういう一つの盲点があるということも申し上げておきたいと思うんです。
ですから、そういうすき間を縫ってクオータ制を取り上げる、そういう法律をつくるというようなことは、これはできない話ではないのではないかというふうな感想を持っております。
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