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外国人登録法・出入国管理法の改正案への質疑 [法務委員会] (1999.4.22)

外国人登録法・出入国管理法の改正案への質疑(4/22)
千葉景子君  きょうは両参考人に大変貴重な御意見を伺いまして本当にありがとうございます。限られた時間でございますけれども、何点かお尋ねをさせていただきたいと思います。

 そこで、まず外国人登録証の常時携帯の問題についてお尋ねをさせていただきます。

 手塚先生からは、この登録証明書、行政サービスの意味でも、さまざまなサービスを受ける際のプラスの面、携帯をしてそれを提示することによってメリットもあるというお話がございました。私もそういう面は当然あろうというふうに思います。また、田中先生からは、逆に言えば、むしろ自国民の方に身分証明書というものがないということとの矛盾点の御指摘がございました。

 ただ、両先生からお伺いしても、いずれにいたしましても、結局その携帯をする者にとって、行政サービスを受けたり、あるいはみずからの身分、権利を証明ができるという意味では、持っていることが権利といいますか、むしろ自分にとってのメリットであるということでございます。

 そういうことを考えると、この常時携帯を強制して、それを罰則というんでしょうか、もし持っていなかったら、罰則がつくというのは犯罪でございますから、犯罪と扱うということには両先生の考え方とは矛盾があるというふうに思うんですね。持っていれば便利だよと、だからみんなで持っていた方がいいという意味はわかるんですけれども、じゃそれを持っていなかったから犯罪とするということにはいささか問題があるように思うんですが、その点については田中先生、手塚先生、それぞれどうお考えでしょうか。

参考人
(手塚和彰君)
 おっしゃられるとおりだと思います。例えば、私などは物をしょっちゅう忘れまして、上着を着がえますと身分証明書の入ったものを忘れたり、もっとも今持っていませんけれども、その他忘れます。私自身一番長い滞在国はドイツでありますが、しょっちゅう忘れたりいたしました。

 個別のケースで、非常に今までの行政サイドでやはり人権の問題を生じたケースが、過去十年くらい前あるいは現時点でも起きているのかもしれませんが、今日でも個別の行政の担当者でそういうことが起きているとするならば、例えばちょっとこれ出せというときに出さなかったのでこれは罰則だよと、こういう話であります。

 先生は弁護士さんでいらっしゃいますから、登録証明書の携帯提示義務については十三条がございますが、携帯しなかった場合には二十万円、それで見せてくれというときに嫌だよと言って見せなかった場合に一年以下の懲役もしくは罰金と、こういう二段構えになっております。このあたりは、恐らく立法上今後工夫しておく必要があるかもしれません。おっしゃられるとおり、罰金の額を少なくするとか、田中参考人がさっきおっしゃられたように第一段階を過料にするとか、そういうことがあるわけでありまして、例えばの話がシェンゲンの身分証明書にはアイテムにしたら何千といういろんな個人のことが入っているんだそうです。

 それで、そういうことがありまして、それももちろん人権のために、情報公開の問題はありますけれども、しかしながらそれを見せてほしいという権利を行使するときなんかに、それがノーというときの処罰規定等々については検討の余地があると思います。今後の検討課題だと私は考えております。

参考人
(田中宏君)
 私が先ほど申し上げましたけれども、もう一つ外国人登録法を考えるときに意外と忘れられている基本的なことを一つ申し上げます。

 実は、かつての外国人登録法は、その法律の条文に公正な管理というのが生き残っているわけですが、管理一本やりの法律だったんです。それはどうしてかというと、管理することだけを目的にするためにつくられた法律なんですね。ところが、現在では、先ほども申し上げましたように、例えば外国人登録をしていないと児童手当がもらえないとか、それから外国人登録をしていないと健康保険に入れないとか、そういう登録に伴って具体的なメリットが出てくるようになってきたわけです。

 法律の施行というのは、そのことに伴ってメリットがあれば守られるわけですね、理論的に。そうすると、刑罰に託す、そのことを守らせるために罰だけで追い立てていくという必要がそれだけ減るわけです。ところが、その罰則の方はずっとそのまま来ているわけですね。ですから、構造が変わってきているわけです。登録をすることによってメリットが生ずるということになっているわけですから、きちっと登録しておかないと不利益が生ずるということになれば、当然それだけ法自体が内在的に法を守らせる力を持ってきているわけです、今では。それが従前どおりの刑罰にのみ頼って法の遵守を外国人に迫るという構造、これがそのまま残っちゃっているんです。常時携帯や何かは前は自由刑がついていて、それが今は自由刑が外れて罰金刑だけになったとかというので若干手直しはしてありますけれども、基本的な構造が大きく変わっているんです。

 ですから、さっき言いましたように、日本人が住居の移転を怠った場合には五千円の過料でいいのに、何で外国人が同じ手続をしなかったら四十倍も、しかも罰金ということは過料ではありませんので、これは実は正確には四十倍にしてはいけないんですね。これは法律の専門家によると、それは四十倍にできない、掛け算ができないんです、過料と罰金というのは違いますから。そんなに格差をつけておく必要がどこにあるかというその原点に立ち返って、やっぱり罰則というのは住民記録とのバランスを考えながら一遍総ざらいをすべきである。そうすると、常時携帯に刑事罰を科すということがいかにおかしいかということがおのずと見えてくるだろうと思います。

千葉景子君  手塚参考人にお尋ねをするんですが、先ほどのお話の中で、出入国及び難民認定法に関連して、例えば上陸拒否期間が延長になりました。その間に、例えば結婚して家族ができた、そういうことに対してはどう対応すべきかということで、定型化をすべきだというお話がございました。確かに、現在、そういうケースで特別在留、特在などで多少救済をされるケースはあるんですけれども、これは法務大臣の裁量にゆだねられているわけで、必ずしもそうはいかないあるいは大変な時間がかかるということもございます。

 そういうことを踏まえてかと思うんですけれども、この点についてもうちょっと御説明をいただければと思います。

参考人
(手塚和彰君)
 おっしゃられるとおり、定型化するというのは非常に難しいかもしれません。しかし、日本の行政庁は行政指導の名人でございますから、いわゆるそういう内部的なものを実際につくられてケースを積み重ねることは可能だというぐあいに私は考えています。

 私自身も、例えば東南アジア諸国や南西アジア諸国の現地を調査して、日本人の方と御結婚されている方、かつては不法残留者と結婚される場合には、原則として一年間は退去強制されていて、ウエーティングして、それで戻ってくることが許されたわけでありますが、そこは裁量によって六ヵ月でやったっていいというぐあいに私は思っ ておるんです。その上に、要するに特別在留許可で、退去強制者と結婚して子供が生まれてしかも病気になったりというような場合には、それはもうそのまま残るとか、そういうことがあるんですが、それはケースで積み重ねていくということが私は大事だと思います。ここで議論しているのは法律でありまして、法律や政策はやっばり原則と例外をきちんとしておかなくちゃいけないと思います。過去に実際に非常にお気の毒なケースがございます。

 それから、罰則のことで申し上げますと、私の友人で、ある南西アジアの非常に優秀な方で日本の中枢の企業に勤めておいでの方がいらっしゃいます。過去、交通違反で罰金刑に科せられた。そうしますと、今まで再入国許可がなかなか出なかったとかそういうこともありまして、先生おっしゃられるように、罰金刑を含む処罰というものについてもやっぱり軽減化していく必要があると思いますし、再入国許可についても、確かに五年というのは長いわけでありますが、それは原則でありまして、私もはっきりした結論を今持っていませんけれども、それをどういう形で積み重ねをしていくか。

 日本の場合には、判例法の国じゃありませんから、判例法の国でしかも、あるいはドイツのように大陸法の国は裁判は一回で終わります、大体原則として。一年も二年も三年もかかるようなことはありません。ですから、行政裁判所でも何でも即決でいたします。そうしますと、人権の観点からもケースを積み重ねやすいということがありまして、これは別途の問題ですけれども、同じ法務委員会で他方で論じられている司法制度改車にもかかわる問題です。

 やはりこういう問題で何かあったときに訴訟を起こしたりする場合に、もう退去強制されて出ていかざるを得ないという、あるいは特別在留許可を求めた場合に、そっちの方が先行しちゃうというようなことがあり得るわけでして、それらの間題も一緒に考えないといけないというぐあいに考えております。

千葉景子君  では、田中先生にお尋ねいたします。

 先ほど、出入国管理法の関連について、今の上陸拒否期間の延長については、それ自体については評価といいますか肯定的なお答えではございましたけれども、要するに、それだけで何かしようと思うのがそもそも無理だと、問題であるということもございました。今回は、さらに不法滞在罪というものが新設をされる。

 こういう罰則を新設する、あるいは管理を強化するという形で外国人の出入国を何とか食いとめようという構造になっているわけですけれども、田中先生はそういうことで外国人との適正なおつき合いが本当にできるとお考えでしょうか。それとも、やっぱり総合的なさまざまな施策、あるいはちょっとお触れがありませんでしたけれども、一たんアムネスティのような形で救済をしながら、新たに日本への滞在をきちっと整備していくというようなことも必要なんではないかと思いますが、そのあたり、今度の重罰化との兼ね合いでどうお考えでしょうか。

参考人
(田中宏君)
 これは、国としてどういう政策を打ち出すかという全体の問題にかかわるだろうと私は思うんです。それで、確かに罰則の強化とかそういう形でいろんな手だてをするということも必要だと思いますが、何かそれで問題が解決するというのではなくて、それではどうしようもない問題がいっぱいあるということを私は強調したいんです。

 これは、御存じのように、八九年に法改正をして九〇年六月一日から新法に移行したんですが、実はいわゆる超過滞在者の数というのはその後どんどんふえていったんです。たしか法改正の年が十万ぐらいだったのが三十万ぐらいまで伸びているんです。私は大学でも授業で、法改正の仕方が下手だったのか、それとも入管が仕事をちゃんとしていないのかと思うかもしれないけれども、実は事はさにあらずなんだと、要するに需給の問題があるわけです。

 日本の側の、日本人の勤労観というのも、私もかなり年寄りですけれども、昔は汗水垂らして働くのが美徳という国だったと思いますけれども、今はどうもそうではないようですから、つらい仕事というのはだれか別の人が、すなわち外国人が担っていっているという実態があるわけです。

 去年、おととしでしたか、私のいる一橋大学の私の研究室のある建物の外装工事、ちょうど夏休みで、私は時々研究室に行ったんですが、かんかん照りの中に足場を組んで作業をしているんです。全部外国人なんです、外国語が飛び交っているわけですよ。恐らく、考えてみたら、あのかんかん照りの中で、あの足場の上で、はつりの仕事ですけれども、ああいう仕事をする人は日本人にいないのかもしれないなと。私は非常に複雑な気持ちを持ちながら研究室で仕事をしていました。学生にも授業で話しましたけれども、そういう事態があるわけですね、現実に。

 一方では、空港という空港はどんどん拡大しているわけです。関空は二十四時間飛行機が飛ぶことにしたわけです。ところが、金属探知機で入国のところ、飛行機に乗るときにチェツクはできますけれども、この人は日本に来たら潜って働くかもしれないという人にランプがつくような方法が発明できるかということなんです。これは恐らく理論的に不可能だと思うんです。そうすると、どんどん空港ができて、あっちからでもこっちからでもどうぞ外国から入ってこれますよといってこの国では窓口を一生懸命広げているわけですから、入り口でチェックするということは基本的に私はできないと考えた方がいいと思います。しかも、需給の問題があるわけですから、日本に来れば仕事があるという。

 昔は、日本は人口が多くて貧しかったので外国に働きに行ったわけでしょう。日米移民摩擦のときに、日本からたくさん移民が来過ぎてアメリカでさんざん問題になるわけです。日本から来た学生は登録だけしたら潜って働くばかりして困るといって、アメリカの国務長官から日本の外務大臣はクレームを受けたわけですよ。日本は今立場が逆になっているわけでしょう。そういう構造の間題があるわけです。それをどうするかということをきちっとしないで多少のこういう手当てをしても私は問題の解決にはならないと思うんです。

 ですから、もっとアムネスティをやるとか、これは、潜っている人は必ず無権利の状態にずっと放置されているわけです。どこの国でも、アムネスティというのはある意味では非常にメンツにかかわることのように見えますけれども、一方では、そこで生じている人権侵害をどうやって回復するかというときにほかに方法はないわけです。

 もうちょっと外国人の権利を守るためのアングルというのを、例えば具体的な例で言いますと、暴力団なりなんなりが外国人のパスポートを預かるというか没収しているというケースがよくあるんです。私が聞いた話では、これは今、日本の法律では取り締まれないらしいですね。結局、パスポートを預かってそれをある種の足どめに使っているわけです。これは物すごく大きな圧力になっているんですね、外国人にとっては。だけれども、それを何とかするための方法というのは今の制度ではないようです。こういうのをまさに法的にやる必要があるんじゃないかという気がいたします。



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