国務大臣 (野中広務君) |
委員御指摘のように、この情報公開法を衆議院に提案をさせていただきまして、 一応の経過はございましたものの、各党間で熱心な御協議をいただき、さらに継続審議を重ねながら今回会において衆議院で共同提案を全会派において行われたということを私どもは重く受けとめておるわけでございます。参議院に送付をいただきましたけれども、なお参議院におきましても濃密な御審査をいただきまして、早期成立を心からお願い申し上げる次第でございます。
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| 千葉景子君 |
さて、私はこの情報公開制度、この大きな柱は、国民の知る権利を保障し、それを具体化する、そのための法律であるというふうに私は認識をさせていただいているところでございます。ただ、その点については、この法案の中身を拝見いたしましても、今後さらに議論させていただくようになろうかと思いますが、なかなかはっきりされていないというところもあろうかというふうに思います。
そこで、きょうは知る権利という点について何点か御認識等をお伺いしておきたいというふうに思います。
まず、知る権利、これが憲法上保障された権利であること、これは当然のこと、お認めになるというか御認識を持っていらっしゃると思いますが、いかがでしょうか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
たびたび申し上げておるのでございますが、国民主権のもとで国民が主人公なわけでありますから、そこで国会議員を選び、そしてそのもとで内閣総理大臣を選出し、そして内閣総理大臣が内閣を組織し、そしてそこから命令が発せられることによって行政というのはさまざまな権限を持つことになるわけでございますから、そのあり方について国民に対して説明の責任があるということは当然のことだと思っております。それをどの程度どうするかということについてさまざまなやり方があったということだと思います。
知る権利という言葉は、憲法上の直接使われている文言ではないわけでございますが、おっしゃっている意味は、我々と認識は余り変わらないのではないかというふうに考えているところでございます。
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| 千葉景子君 |
どうもいま一つちょっとわからない。簡単なことをまず私は聞いておるのでして、知る権利、確かに憲法の条文の言葉としては出てまいりません。ただ、現在、憲法の認める権利として存在をしているということはそのとおりですね、知る権利は憲法上保障された権利だとお考えですねと。まず、これだけお聞きしたいんです。
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国務大臣 (太田誠一君) |
知る権利という言葉が意味している内容については、確かにそのとおりだと思います。
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| 千葉景子君 |
何か禅問答のようになってしまうんですが、私はこういうことだと思うんです。
憲法には、二十一条で表現の自由というのが保障されています。ただ、この表現の自由というのはやはり送り手と受け手というものがあって成り立っているわけですから、その意味では、この表現の自由というのは受け手の自由も保障するものであるということがおおよそ学説でもあるいは判例上でも認められているということが言えるのではないかというふうに思います。
そういう意味で、知る権利というのは、憲法上保障されている権利だということをまずここは明確に押さえておいていただきたいんです。御趣旨はじゃなくて、憲法上の権利だと、まずそこは長官、きちっと御認識をしておいていただかなければいけないと思いますが、どうですか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
憲法の解釈について、憲法を解釈すれば知る権利という言葉を使わなければならないということであるかどうかということからいえば、それは、ねばならないということではないと思います。その言葉についての選択は、それぞれの国民、各国民ごとにある考え方でありますから、その表現をとるかどうかということは、それは違う問題だと思います。
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| 千葉景子君 |
何か長官、知る権利とまず情報公開制度の問題、そこへ行くまでの予防線を張っておられるような気がいたしますけれども、そんなことではなくて、じゃ逆に、知る権利は憲法上の認められた権利ではないと、そうお考えですか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
率直に申し上げると、例えば、この言葉は私はそんなに抵抗感がありませんけれども、人によっては非常に政治的な意味合いを感じる方も中にはおられるわけでございまして、要はその内容、意味しているところが、先生がおっしゃっている知る権利という内容と我々がこの情報公開法の制定に当たっての考え方とが共通であれば、それでよろしいんじゃないですかね。
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| 千葉景子君 |
いや、そういう問題ではないと思いますよ。というのは、例えば内閣としてあるいは行政府として、憲法上の権利だとすればそれをきちっと尊重、守り、そしてそれを施策やあるいは具体的な法制度の中に具体化をしていく、そういう責任が出てくるわけですよね。
だから、思いが同じだとか、あるいは解釈をしてみるとほぼ共通だという問題ではなくて、憲法上の権利であるとするならば、それをやはり日本の制度あるいは施策、こういう中にきちっと位置づけてさまざまな運営をしていかなければいけな
いということになるはずですから、そこは明確にしておいていただかなければ、これから先の議論が進まないと思いますが、いかがですか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
憲法二十一条の表現の自由というものの解釈について、そこに請求権的なものを含むか含まないかということであれば、それは含まないんだろうというふうに考えております。
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| 千葉景子君 |
まだ私、そこまで聞いていなかった、次に聞こうと思っておったんですけれども、大変時間がこれでかかるんですけれども、憲法上保障された権利かどうかという問題、そして、じゃ、その認められている権利というのはどういう内容を持った権利なんだという問題と両方あるというふうに思うんですね。
今、長官がおっしゃった表現の自由の中には請求権的な権利は認められていない。では、請求権的ではない、自由権的に知る権利を妨害するようなことをやってはいけないよ、いわば自由権的な権利としては認めるというふうにおっしゃりたいわけですか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
私は、必ずしも、請求権的なものは含まないということを言っておるわけで、本来それがないんだとかそういうことを申し上げているわけじゃないわけでございます。さっきから先生は、従来の憲法解釈についてのさまざまな説についてのお話をしておられるんだと思いますけれども、私は要するに、法律の中でどういう表現を使うかということは、その内容について大方のコンセンサスができていれば、そこの表現の言葉として何を使うかということは、それはそれぞれの意見の違いがあってもいいんではないかというふうに思っているわけであります。表現のことじゃないというふうにさっきからおっしゃっているように思うわけでありまして、私は表現の、言葉の使用の問題だと思っているわけです。
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| 千葉景子君 |
では、知る権利と申し上げるのが表現の仕方としておかしいと言われるのか、ちょっとよくわからないんですが、知る権利ではなくて、違う表現の仕方というのがそうするとあり得るということになりますか。内容は共通だとおっしゃいましたよね。だけれども、必ずしも知る権利は憲法上認められた権利と明言もなさらない。
そうすると、憲法上どういう権利が認められるというふうに、じゃ逆に言えば、お聞きしましょう。
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国務大臣 (太田誠一君) |
国民一人一人が行政文書の開示を請求できる、国民主権の理念にのっとって行政情報を一人一人が開示を請求できるということであろうと思います。
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| 千葉景子君 |
それが知る権利じゃありませんか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
それは、千葉委員はそれを知る権利と表現をされるんだということで、別にそのことについて私は反対をいたしません。
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| 千葉景子君 |
この権利を私は知る権利というふうに表現をいたしますが、行政の情報にアプローチをする、そういう権利ですよね。憲法そのものではなかなかそれを手続的にも具体的には行使をできない。そうすると、それを具体化するための法律こそがこの情報公開法ではありませんか。
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国務大臣 (太田誠一君) |
国民一人一人が行政文書の開示を請求できる権利を定めるのが行政情報公開法であると思っております。
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